この車椅子は、亡き母が使っていた物です。
スタンディング機能付き車椅子、お尻だけが電動で持ち上がる立上り動作の介助機能が付いています。
自力走行=手動型(通常は手で車輪を押すタイプ)です。
この車椅子を、現在勤務している介護老人保健施設「サンセリテのがた」に寄贈したい…と考えています。
個人的には、27年前、この「スタンディング機能付き車椅子」を探し出して、公費申請でゲットするまでの「ドラマチック過ぎる」思い出がアリアリなのです。今回は、その思い出を紹介します。
1999年、まだ介護保険制度が始まる前のこと
当時、身体障害者の電動車椅子の申請は市町村ではなく、鹿児島県の身体障害者更生相談所「ハートピアかごしま」で行う必要がありました。
普通自動車免許を取ったばかりの大学2年生だった私は、ビビりながら(緊張しながら)鹿児島市内を車で走り、何度も相談に通いました。
「手動で走行できて、お尻だけが持ち上がり、立ち上がりや立位保持を助ける機能がある車椅子を探しています」
そう相談したけれど、 「そのような車椅子はありません」 と案内されたのは、当時よく知られていた一般的な電動車椅子だけでした。
パンフレットもそのタイプしかありませんでした。
「仕方ない…」と思って、案内されるままに一般的な電動車椅子の申請をしました。
医師の診断書をもらい、業者さんとのやりとりを経て、市役所福祉課や「ハートピアかごしま」との、面倒臭い手続きをこなして届いた電動車椅子が母には全く合わず「全然使えなくて」、困り果てました。邪魔なんです。
「外国製品を探す」という発想の難しさ
「『仕事』です。」のプロフェッショナルな「やさしさ」
今ならインターネットで世界中の福祉機器を調べられますが、1999年当時は「海外製品を探す」という発想に至ること自体が難しい時代でした。
福祉系大学に通っていたから、大学掲示板に貼られていた「国際福祉機器展」のポスターを見て、「もしかしたら、あるんじゃないの?」と思いました。会場は「千葉の幕張メッセ」です。
母に「一緒に行こう。」って説得して、鹿児島空港から飛行機で行きました。
飛行機のCAさんがとても親切でした。「すみません」ばかりが口に出る私たち親子に、「お客様を安全に目的地までお届けするために行う『仕事』ですから、良い仕事ができるように、何でもおっしゃってください」と説諭されました。
その当時、大学2年生だったから『障がい者福祉論』を受講していて、アメリカの身体障がい者の当事者運動を学習している最中でした。「声を上げ続けることから始まる」という理論は知っていても、実際に「行うは難し」です。
会場での出会いと、「分からないことが分かっていなかった」という気づき
国際福祉機器展の会場で、すぐに、この「スタンディング機能付き車椅子」に出会うことが出来ました。
脊椎損傷の車椅子バスケットボール選手(らしい人)が、車椅子の性能やメンテナンスなどのアフターフォローの事を尋ねまくっていて、その話を聞くことが出来て大変助かりました。
私は「分からないことが分からなかった」から。
だからこそ、その方の質問内容が、「まるで教科書」みたいに感じられました。
「鹿児島から来た」「『ハートピアかごしま』では『ない』と言われたのに、『あるじゃん』…と思う」と話したら、
「鹿児島ユーザーの第一号に成れ」と励まされたことを思い出します。
申請は「できない」と言われた
「ハートピアかごしま」で「スタンディング機能付き車椅子」を使いたいので、公費申請で購入したい…と相談したら「できない」と言われました。
「前に公費購入した電動車椅子を購入して7年経過していないから…」と。
「は?」「なんじゃそれ⁉」と思い、
「ココ(ハートピアかごしま)で、購入前に相談して『ない』と言われたから、仕方なく『あるモノ』から選んだのに、自分たちで探して来たら、7年経過してない規定違反だから対応しません…って、そんなのが『まかり通る』のですか?」
「相談員とは何をするのが仕事なのでしょう?」
「相談員の無知が招いている不利益を、当事者に押し付けるのですか?」と窓口対応した係りの人(女性)に、滾々と問い質しました。
最初は「すみません」の対応だったけれど、その後に「ルールはルールなので…」「もうお引き取り下さい」と変わりました。
「帰ります」
「でも、最初からココ(ハートピアかごしま)に来なければ良かった…と、心から思っています」
「相談員とは名ばかりの人だと学習しました」と挨拶して帰りました。
窓口対応した女性は私の「無礼行為」を怒っていたし、後ろの席で「見守る」だけの人達は、「関わり合いたくない」と下を向いていました。
2週間後、一本の電話
「軽乗用車が買える位の値段がする…でも、自腹でも買おうよ」と「お金の使い方」で苦悩していた2週間後ぐらいに、「ハートピアかごしま」の男性相談員から電話がありました。
後ろの席で下を向いているだけに見えた人です。
「中村さん(私の旧姓)が話しておられたことを、真摯に検討しました。今回は、公費申請が可能になれるよう取り計らいます」「ご足労ですが、再度申請手続きに来て下さい」でした。
「自分の立場でできる最善を尽くす」という姿勢を、この男性相談員から学習しました。
そんな「ドラマチック過ぎる」思い出がアリアリの車椅子が、次の方の「次なるドラマ」を育んで欲しいな…と願っています。

